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2005年 09月 26日
重松 清の短編「きよしこ」をお読みになった方はいらっしゃいますか?
先日、家のソファにころがっていたのを何気なく読みました。 たぶん作者の分身と思われる少年きよしの、言葉がうまく出ないもどかしさが、まるで昨日体験したことのように、描き出されていました。 「みんな子どもの時代があったのに、おとなになると子どもの心を忘れてしまう」とよく言われます。なのにどうして、重松清には、少年の寂しさややりきれなさが、こんなにもリアルに書けるのだろうか。 一つには、本当に辛かった、忘れようにも忘れられない記憶かもしれない。もしくは、作家としての想像力(イマジネーション)の豊かさかもしれない。きよしの「き」、たったひとつの「き」の音が発音しにくいために、転校のたびごとに、しょっぱなの自己紹介がこわい。緊張すればするほど、また音が詰まってしまう、そのせつなさが胸に迫ります。 私たちの日々の相談で、相談者がまだ見ぬ相手に最初の言葉を発する、その緊張感に思いをはせて、1本1本の電話を取りたいと思う。 かよ 働く若者ネット相談事業スタッフ 人気ブログランキング(転職・キャリア)はこちら < 前のページ次のページ >
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